大学運営は企業経営と同じぐらい大変なんだろうなぁ。AITの懐具合もそれなりに大変らしい。AITの主な収入源は、学生の学費と各国からの拠出金(援助)である。各国が国の懐事情や国際戦略に応じて支援を行うことで、AITは大学経営をできていると言える。そういう意味では、各国の財布担当者との会合はAITにとって重要な意味を持つ。
というわけで、本日、外務省から2006年度の拠出金に関する話をするために担当者がAITを訪れた。AIT側の受け入れ態勢はばっちりで、学長他、日本人教官が一堂に会し、ミーティングを行った。ご存じの通り、日本の経済状態は徐々に回復しつつあるものの、政府のお財布は赤字状態であり、ODAは削減される方向で話が進んでいる。最近、常任理事国入りを目指す日本がこれ以上のODA削減はマイナス要因だということで若干増やす方向で議論も進んでいるようだが、爆発的に増えることはないだろう。そういう意味ではAITにとって厳しい状況が続いていると言える。
こういった拠出金は国民の税金によってまかなわれているので、お金を出す側にとって出す意義が十分に議論されなければならず、出費に対する説明責任が伴ってくることがある。何を持って無駄と定義するか難しいところであるが、無駄と言える支援があるものの、基本的に国際援助は意義のあることだと僕は思っている。特に教育に関する支援の効果は大きい。東南アジアの大学関係者と話をすると、日本語を話せる人のなんと多いことか。また、お世辞を言ってくれているだけかもしれないけど、彼らは親日派であることが多い。日本に敵対意識を持っている人は多くない。結局、国と国との関係を根本で決定づけるのは世論であり、そうするとよりよい国際関係を築くには、草の根レベルの人と人とのつながりを強くしていくのが遠回りのように思えるが大切なんだと思う。そういった意味で、教育に対する援助は重要な意味を持つ。だが、AITのような組織に対する援助は、日本にとってだけでなく、援助している国の姿が見えにくいため、効果が薄いのではないかという議論もある。日本がAITを支援するのには、それなりの理由が必要なのだ。
AIT設立の意義の一つは、アジア圏における学位授与機構になることである。この意義は今でも変わっていないが、その役割が徐々に終わりに向かいつつあることは事実であろう。本当かどうかしらないけど、ほんの10年前までタイの東大と言えるチュラロンコン大学でも博士号の授与をおこなえないぐらいだったんだそうな。でも、今は普通にチュラ大の博士号を持っている人がいるもんね。そう思うとAITの役割は終わったのかなぁと個人的に思わなくもない。だけど、まだAITがアジア圏に対してできることはあるはずで、仮に学位授与組織としての役割を失ったとしてもAITがアジア圏に対して貢献できることは多く、その存在意義は失われないであろう。問題は、日本政府がAITをどう使っていくのかといった戦略がないことである。もっとも、その説明責任はAITに努める我々がしなければならないのだが、それが上手に機能していないんだろうなぁ。
会議を終えて、AITの意義、日本の役割など、いろいろ考えてしまいました。国際貢献って難しいわ。

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