本日、僕の日本での勤め先である慶応大学から5名のお客様がバンコクにいらっしゃった。厳密に言うと身内なのでこんな仰々しい表現をする必要はない(笑) 今回はタイだけではなく、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムと4カ国をまわって東南アジアの大学の現状や留学・国際関係の現地調査を行うことが目的のようだ。日本国内の少子化対策なのか、慶応大学も遅ればせながら海外に目を向け始めていると言ったところなのだろうか。もっとも、うちの大学は海外との交流は以前から多くあり、厳密に言うとその傾向をもっと強くするために何をするべきなのかを真剣に考え始めたと言ったところであろう。そのバンコク訪問をバンコクで一緒に働いている福田さんとお手伝いすることになった。
うちの大学は日本の中では優秀な大学として位置づけられているが、世界の中での評価は実に低い。教育水準や研究成果という意味においては決して海外の大学にひけをとらない大学であると感じてはいるものの、国際化という意味において大きく後れをとっているのは否めない。これはうちの大学だけの問題なのではなく、日本のすべての大学において言えることだと思う。一番の問題点は語学。すべての授業が日本語で提供されている状況では、海外から優秀な人材が日本に来ることは考えられない。こちらに来て日本の技術を学びたいので留学をしたいんだが…という学生が多いのに本当に驚いているのだが、みんなが日本語ができないと授業を受けられないということを聞いてがっかりする。それが真の国際化だとは思わないが、国際化を進めるのであれば英語をツールとして用いて授業を行う必要はあるだろう。
ただし、この問題は日本の国策とも絡んでくる。日本の税金を使って留学生を日本に受け入れる、いわゆる国費留学生のあり方が大きく関係してくるのだ。日本の税金を使って日本で勉強させるのであれば日本の国益につながるようにしなければならないという正論が存在する。もっともな話だ。だから日本語が必須になり、日本で学んだ学生が日本国内で働いたり自国に戻って日本語力を活かして日本との仕事で活躍することを期待する。しかし、英語で授業をやりグローバルスタンダードに基づいた授業をやった場合、日本の税金を用いて勉強させた学生がアメリカや英語を用いてビジネスや技術開発を行う現場に行ってしまい、成果が日本に還元されなくなるのだ。
日本の世界に対する貢献がどうあるべきなのか、日本の将来の外交戦略にまで大きく関係してくるこのトピック。慶応大学が日本と同じ道を歩むのかどうか、また、日本の慶応大学でおわるか世界の慶応大学になるか、非常に重要な出張なのではないかと感じた。

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